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姉の支度がようやく済み、家を出た。風があまりなく、助かった。 姉が提案した店は、徒歩で10分ほどのところにあった。 店まで歩く間、姉はあまり話さなかった。 ときどき、鼻をすする音が聞こえた。 店はバーだったが、バーボンではなかった。 注文を済ませると、姉は俺に顔を向けた。 「ねえ、何で急に誘ったの?」 さっきの口調とは大違いだ。 「なんでもいいじゃん」 客はそんなに多くないようだった。 「怪しいな〜。お姉さまに相談してごらん?」 照明に照らされた姉の顔は化粧気がなく、綺麗な肌をしていた。 「ヤダよ、ネタにする気だろ」 「いいから言え」 これがツンデレ?冗談きついな。 「別になんでもないって」 口が裂けても「安価」なんて言えない。 酒と皿が運ばれてきて、なんとかはぐらかした。 安価なんだっけ?……指マンか。 料理の味はなかなか良かった。 しばらく黙々と食べていた姉の、口が開く。 「彼女のことだけどね」 身が強ばる。 「やっぱあれ言っちゃったのがまずかったの?」 予想よりも申し訳なさそうだった。目を直視できない。 「・・・たぶん」 なんだか俺が悪いみたいになっている。俺は被害者、被害者。 「そっか」 姉はグラスの酒を一気に開けた。表情は変わらない。 俺は何も言わず、皿の上の野菜をフォークでいじった。 静かに流れる音楽が耳を通り、抜けていく。嫌いじゃない、この店。 「ま、まあさ!アンタもぶっさいくじゃないんだからそのうちまた彼女できるよ」 明るい語調だったが、姉も俺も少し沈んでいた。 「・・・うん」 パセリが転がって、皿から落ちた。 「・・・やっぱ私のせい?」 「・・・うん」 否定はできないし、したくなかった。もう、こんな思いはしたくない。 「・・・」 「・・・」 隣のテーブルの二人が乾いた声で笑った。当てつけのように。 パセリが、ずっと俺を見ている。早く、元の場所に戻せ、と。 しばらく言葉を交わさず酒と料理に没頭した。 俺はまだ平気だったが、姉は相当酔っていた。 テンションが上がってきたようで、また会話は始まる。 といっても仕事の愚痴だった。いつもより本音が多い気がした。 「聞いてるの〜?」 「聞いてます聞いてます」 あ、安価があったんだ。指マンか…よし。 まるまるグラス一杯いってみる。 「おー!いい飲みっぷりじゃない」 「まーね」 「ほらもっと飲めもっと」 姉は次々と酒をオーダーしていく。顔が真っ赤だ。よし、行ける。 「ねーちゃ〜ん」 肩に寄りかかる。 「飲み過ぎた…」 酒の匂いに混じって、いい匂いがした。女の匂いだった。 「ほんとに酔ってんの?」 はねのけられるかと思ったが、流石酒の力は強い。 「酔ってるよ…」 「じゃあもたれてなさい」 「うん」甘い声良し。名演技。 「全くお姉ちゃんがいないと何もできないんだから」 「……」肩から、体温が伝わる。 今こそ、決起の刻。 慎重に、確実に、指を姉のスカートへと伸ばす。 あねは きづいて いないようだ! ついに、指がそこに触れる。柔らかい感触が… 同時に頭に鉄槌が下った。 俺の人差し指が触れた姉はとても柔らかかったのに、俺の頭を殴った姉は固かった。 「っつう…」 「アンタねえ」 「ごめん」 「いくらお姉ちゃんが綺麗だからって何でもしていいんじゃないのよ?」 何故か、あまり怒っているようには思えなかった。酒のせいか。 「はい」 「私がしたい時だけね。わかった?」 真っ直ぐ見つめられて、流石に罪悪感があった。 それからまた雑談をして、帰ろうか、と俺が言った。 「おごってよ」 「ええ」 「さっきの罰」 「はい」 外は随分冷えてきていた。姉は酒が強い方ではない。 頬は朱に染まり、足つきも覚束なかった。 ガードレールやら看板やらに当たりそうになっている。 「ほら姉ちゃん危ねーって」 「るっさいわねー。大丈夫よ」 どこが。灯りも少なくなった街の中を、姉を気遣いながら歩く。 足下に、枯れ葉が飛んできて、飛んでいった。 家まであと三分くらいだろうか。月は見えないが星は多かった。 姉はといえば、飲んですぐ歩いたのがいけなかったか、 電柱に手を突いて、休んでいる。 「うー‥もう歩きたくない」 弱った姉を見ているのは優越感をくすぐる。 「我が儘言うなよ」 そう言ったと同時に姉は顔を上げて、俺を睨む。 こんなに姉に睨まれる弟も…いや、結構いるのだろう。 「おぶっていきなさいよ」 視線と台詞の差が可笑しい。 「えー?」 「ほら」姉が背中に手を置いてくる。力が入っていない。 「ヤダよ、姉ちゃん重いし」 言った瞬間後悔した。酔いは恐ろしいものだ。 脛に鋭さと重さを併せ持った激痛が走る。 「いってー!」 「ほぉら!」 「わかったよ…」 しぶしぶ姉をおぶる。背が高いし胸があるので、結構重い。 勢い余って尻を触ったが、何も言わなかった。 「もっと早く」 百円入れろ!酔いが回って辛い。 それからしばらく、姉は喋らなかった。首筋に視線を感じた。 胸が背中に当たって、またジーンズが窮屈になった。
酒を飲んでいると自然にそういう気分にならなかった。 書き込まれていた質問に答えていた。頭が痛い。 姉が部屋から俺を呼んだ。まだ酔っているようだった。 ドアを開けると、姉はセーターとスカートで、まだ着替えていなかった。 「姉ちゃん何?」 「水持ってきて」 「はいはい」 階段を半ばまで降りたところで気付く、「変化なし」という事実。 いかんいかん。次から抵抗しよう。 「ほい、水」 「ん」 喉を水が流れるのが分かるくらいの飲みっぷり。 「飲みすぎんなよ、明日も仕事だろ?」 「いーのよ、これくらい」 モーションが緩慢だ。安価行こう。 「あ、ちょい電話」携帯を取り出し、姉から離れる。 「あ、もしもし。うん。うん。ごめんなー」美香の声は尖っていた。 「急に姉ちゃんが飲みに行こうって言ってさ。うん。うん」 美香は怒っていたが、なんとか許してくれた。なんて。 姉の顔が険しくなっている。成功か? 「ねー、今の電話、美香って子?」 「え、うん、そうだけど」 次元のない世界に住む俺の友だちだ。 「仲いいんだ?」 「ん、まあまあ」 「ふーん……」 沈黙が続く。優位の座が、次第に離れていく気がした。 「…なんだよ?」 「別に。それって彼女?」セーターの毛玉をいじる姉。 彼女、という響きが胸に痛い。 「違うよ…。姉ちゃんのせいで電話も着信拒否されたんだから…」 「……そう」まだ毛玉をいじっている姉の態度に、少し苛立つ。 「まだ落ち込んでんの?」 また偉そうになって、そっけなくなった。何なんだ。 「当たり前じゃん。初めての彼女だったんだから…」 「ふーん…」そんなに毛玉が愛しいか? 「姉ちゃんのせいでさ…」 強く言えない自分が悲しい。 「ねえ」 不意に姉が俺を見据えた。 「溜まってんの?」 「別に」 平静を装えた自信はない。 「嘘言ってんじゃないの。さっきだって私の触ろうとしたくせに」 何も言えない。ただ俺は姉を睨む。 「オナニーしなさいよ。ここで」 「はっ?」 俺の返事より早く、姉は立ち上がり、パンツを脱いだ。 そして、下着を俺に投げた。 「ほら、それ使ってオナニーしなさいよ。今日だってしたかったんでしょ?見ててあげるから」 「何言ってんの?」 顔に血が集まる。内蔵が暴れる。心臓が跳ねる。 「前だって私のパンツでオナニーしてたじゃない」 「あの時はたまたま」ちゃんと返事をするのも難しくなってきた。 「いつも見られてるくせに恥ずかしがってんじゃないわよ」 これは酒のせいか?そうであって欲しかった。 「ほら、早く。脱ぎなさいよ」 俺は俯いて床の一点を睨んでいる。とても、惨めだった。 「何してんの?早くオナニー見せてよ。パンツでオナニーするのが好きなんでしょ?」 「しねーよ!!!」 母にも聞こえたかもしれない。そんなことを考える余裕もない。 パンツを投げ捨て、部屋を出た。後ろで姉の笑い声が聞こえた。 それでも勃起している自分が、情けなかった。
無理に舐めさせられる弟なんて滅多にいないだろうから、仕方ないが。 部屋から出たときの姉の笑い声が、まだ頭に反芻している。 力を出す気も無くなって、パソコンの電源を落とした。 近所で犬が鳴いている。誰かを求めている。 ろくなことないのに。一人が羨ましかった。 目の奥が苦しくなって、枕に顔を押しつけて目を閉じた。 着替えを忘れていた。寝間着に着替えて今度こそ寝た。 姉が起きているかどうかは分からなかった。 天井は何の模様も無く、何も言わなかった。 |
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